Nrf2の代謝制御機構の解析
 
 転写因子Nrf2は、抗酸化酵素や解毒代謝酵素の発現を調節することで酸化ストレスを制御しています。ところが、近年の解析によるNrf2は抗酸化酵素や解毒代謝酵素の遺伝子以外に、多くの代謝系酵素の遺伝子に結合していることが示されてきました。このことから、私たちの研究グループでは、代謝調節におけるNrf2の役割の分子レベルでの検証を目指した解析を行なっています。

 代謝調節におけるNrf2の役割を検討するために、全身でKeap1の発現が低下した変異マウスの解析を行ないました。コントロールマウスでは、高カロリー食を負荷すると、体重が増加するのですが、全身でKeap1の発現が低下したマウス(Keap1低下マウス = 全身でNrf2が活性化したマウス)では、高カロリー食負荷による体重増加を完全に抑制することが明らかになりました。Nrf2を全身で活性化すると強い高肥満作用を発揮できることがわかりました。さらに、血中グルコース濃度を調べたところ、高カロリー食を負荷すると血中グルコース濃度が大きく増加しましたが、Keap1低下マウスでは血中グルコース濃度の増加もほぼキャンセルしました。この血糖値降下作用の一部は糖新生酵素であるG6pc発現抑制作用であることが明らかとなりました(文献1)。

 
 血糖降下ホルモンであるインスリンの産生細胞である膵β細胞特異的に酸化ストレスを発生する糖尿病モデルマウス(iNOS-Tgマウス)の解析を行ないました。野生型マウスと比較して、iNOS-Tgコントロールマウスでは、膵β細胞が強く障害されてしまいましたが(iNOS-Tgコントロールマウス)、膵β細胞でNrf2を活性化させると(iNOS-Tg Keap1-βCKOマウス)膵β細胞障害が大幅に軽減されました。また、膵β細胞でNrf2を活性化させると、膵β細胞における酸化ストレスマーカー8OHdGは強く抑制されました(iNOS-Tg Keap1-βCKOマウス vs. iNOS-Tgコントロールマウス)。このことから、膵β細胞が酸化ストレスによって強く障害されること、さらにその酸化ストレス障害に対してNrf2が強力な防御機構として作用することを証明できました(文献2)。

 

 
 引き続き、視床下部の酸化ストレスが肥満や糖尿病発症に及ぼす影響と、Nrf2の役割の解析を行いました。酸化ストレスモデルとして、セレノシステイン転移RNA遺伝子であるTrsp欠失マウスを用いました。これは、含セレンタンパク質は多くの抗酸化酵素を含み、その合成にはTrspが必須であることから、Trsp欠失は酸化ストレス発生が増加することを利用しました。視床下部におけるTrsp欠失は、代謝制御に重要なプロオピオメラノコルチン(POMC)陽性神経数を減少させ、その結果、レプチンやインスリンといったホルモンの作用を減弱されて、肥満や糖尿病を発症することが明らかとなりました。また、これらの酸化ストレスによる代謝異常は、Nrf2活性化により抑制されました(文献3)。

 

 
 骨格筋におけるNrf2の役割を明らかにする目的で、骨格筋特異的Keap1欠失マウスを作出したところ、骨格筋特異的Keap1欠失マウスは耐糖能の改善を認め、骨格筋のNrf2がグルコース代謝に大きな影響を及ぼしていました。さらに解析を進めたところ、Nrf2は酸化ストレスと独立して、グリコーゲン分枝鎖酵素であるGbe1遺伝子発現を制御していることが明らかとなりました。その結果、Nrf2はグルコース代謝回転が促進させることによりグルコース代謝が改善させ、さらに運動能も改善させました(文献4)。

 

 
 さらに、Nrf2活性化による代謝制御作用の探索を進めたところ、糖尿病モデルであるdb/dbマウスでNrf2を活性化させると、肝臓から代謝改善作用をもつFGF21の分泌が増加することがわかりました。Nrf2による代謝改善作用の一部はこのFGF21による分泌増加作用であると考えられます(文献5)。

 
 私たちの研究グループでは、抗酸化酵素や解毒代謝酵素のみならず、糖新生、グリコーゲン代謝、FGF21を介した新しいNrf2の役割の解明にも積極的に取り組んでいます(文献6、7)。

 
参考文献
1. Uruno A, Furusawa Y, Yagishita Y, Fukutomi T, Muramatsu H, Negishi T, Sugawara A, Kensler TW, Yamamoto M. The Keap1-Nrf2 system prevents onset of diabetes mellitus. Mol Cell Biol 33, 2996-3010 (2013).

2. Yagishita Y, Fukutomi T, Sugawara A, Kawamura H, Takahashi T, Pi J, Uruno A, and Yamamoto M. Nrf2 Protects Pancreatic β-Cells from Oxidative and Nitrosative Stress in Diabetic Model Mice. Diabetes 63, 605-618 (2014).

3. Yagishita Y*, Uruno A*, Fukutomi T, Saito R, Saigusa D, Pi J, Fukamizu A, Sugiyama F, Takahashi S and Yamamoto M (*Equal contribution). Nrf2 improves leptin and insulin resistance provoked by hypothalamic oxidative stress. Cell Reports 18, 2030-2044 (2017).

4. Uruno A, Yagishita Y, Katsuoka F, Kitajima Y, Nunomiya A, Nagatomi R, Pi J, Biswal S and Yamamoto M. Nrf2-mediated regulation of skeletal muscle glycogen metabolism. Mol Cell Biol 36, 1655-1672 (2016).

5. Furusawa Y, Uruno A, Yagishita Y, Higashi C, and Yamamoto M. Nrf2 induces fibroblast growth factor 21 in diabetic mice. Genes Cells 19, 864-878 (2014).

6. Uruno A*, Yagishita Y*, Yamamoto M (*Equal contribution). The Keap1-Nrf2 system and diabetes mellitus. Arch Biochem Biophys 566C, 76-84 (2015).

7. Uruno A and Motohashi H. The Keap1-Nrf2 system as an in vivo sensor for electrophiles. Nitric Oxide 25, 153-160 (2011).

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