Nrf2活性化がんの治療法開発 |
Nrf2の活性化は細胞を酸化ストレスや毒物から防御するはたらきをもちます。困ったことに、これはがん細胞に対しても同様です。Nrf2の活性化を伴うがん細胞は、抗がん剤治療(毒物)や放射線治療(酸化ストレス)に対して抵抗性を示し、患者さんの予後は不良です。また、最近の研究から、Nrf2の活性化ががん細胞のエネルギー代謝を変化させ、増殖に有利になるようにはたらくことも分かってきました。Nrf2の活性化は、DNA変異やがん細胞特有の代謝物など様々な要因によって起こり、肺がん、食道がん、頭頸部がんなどで特によくみられます。 これらのがん細胞を治療するために、私たちは下記の三つの戦略を立てています。 1. がん細胞のNrf2を阻害する 2. がん細胞においてNrf2活性化と共に合成致死を誘導する 3. がん周囲の正常細胞おいてNrf2を活性化することにより、外からがんを攻撃する これらについて、以下に簡単に紹介します。 |
1. がん細胞のNrf2を阻害する がん細胞でNrf2が活性化していることが治療抵抗性の原因であるので、がん細胞のNrf2を阻害すれば良いという最もシンプルな考え方に基づいた戦略です。私たちは東北大学薬学部が所有する化合物ライブラリの中から、Nrf2の合成を阻害する薬剤ハロフギノンを同定しました。Nrf2活性化がんをもつマウスにハロフギノンと抗がん剤を一緒に投与すると、抗がん剤の効果が高まることを明らかにしました。 参考文献) Tsuchida K, Tsujita T, Hayashi M, Ojima A, Keleku-Lukwete N, Katsuoka F, Otsuki A, Kikuchi H, Oshima Y, Suzuki M, and Yamamoto M. Halofuginone enhances the chemo-sensitivity of cancer cells by suppressing NRF2 accumulation. Free Radic Biol Med 103, 236-247 (2017) 2. がん細胞においてNrf2活性化と共に合成致死を誘導する Nrf2活性化を伴うがん患者さんの体内では、がん細胞において強烈なNrf2の活性化がみられます。正常細胞でもNrf2が活性化することがありますが、一時的であり、がん細胞での活性化に比べると弱いものです。そこで、Nrf2活性化細胞を選択的に殺すというのが第二の戦略です。Nrf2の標的遺伝子の中にNQO1という薬物代謝酵素があります。Nrf2活性化がん細胞では、NQO1が多く作られています。そこで、NQO1で代謝されることによって毒性が強まる薬剤17-AAGを用いて治療する方法を提案しました。がん細胞ではNQO1が多く作られているために、17-AAGの毒性が強まり、がん細胞は死んでしまいます。一方で、正常細胞ではNQO1が作られていないために、17-AAGは毒性を発揮しません。このように、Nrf2活性化がん細胞のみを選択的に治療することができます。 参考文献) Baird L, Suzuki T, Takahashi Y, Hishinuma E, Saigusa D, Yamamoto M. Geldanamycin-Derived HSP90 Inhibitors Are Synthetic Lethal with NRF2. Mol Cell Biol. 40, e00377-20 (2020) 3. がん周囲の正常細胞おいてNrf2を活性化することにより、外からがんを攻撃する がん細胞でのNrf2活性化は、がん細胞の治療抵抗性や増殖に有利にはたらきますが、その一方でがん細胞の周りの正常細胞(がん微小環境)でのNrf2活性化は、がんを抑制する役割をすることが明らかとなっています。そこで、周りの正常細胞のNrf2を活性化することによってNrf2活性化がんを抑制しようというのが第三の戦略です。Nrf2活性化がんをもつマウスにおいて、実際に周りの細胞でのNrf2を活性化すると、腫瘍の大きさが縮小することがわかりました。このマウスでは、免疫細胞の疲弊が軽減されており、特に腫瘍の中でも高グレード(転位しやすい)の腫瘍形成が抑制されていました。このことから、がんの周りの正常細胞、特に免疫細胞におけるNrf2の活性化によって、悪性腫瘍が抑制できることがわかりました。 参考文献) Hayashi M, Kuga A, Suzuki M, Panda H, Kitamura H, Motohashi H, Yamamoto M. Microenvironmental Activation of Nrf2 Restricts the Progression of Nrf2-Activated Malignant Tumors. Cancer Res. 80, 3331-3344 (2020) |
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