宇宙環境ストレスとKeap1-Nrf2制御系
 
人類が宇宙進出を果たすためには、宇宙放射線や微小重力環境などの宇宙環境ストレスによる健康リスクを克服することが必要です。転写因子Nrf2は一群の生体防御遺伝子を活性化し、地上における様々なストレスに対して保護的に働くことが知られているので、宇宙ストレスの防御にも有効ではないかと考え、それを検討・実証する目的で本研究の着想に至りました。JAXAが公募した国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」フィジビリティスタディに採択され、私たちはNrf2遺伝子ノックアウトマウスの国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在実験を進めました。

2018年4月、野生型およびNrf2遺伝子ノックアウトマウスの雄それぞれ6匹合計12匹をケネディ宇宙センターから打ち上げ、ISS「きぼう」で飼育しました。約30日間の軌道上滞在を終え、12匹すべてが生存して帰還しました。遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在後の生存帰還は世界初です。帰還したマウスの詳細な解析を行った結果、宇宙滞在によって様々な臓器でNrf2が活性化していることがわかりました。また、宇宙滞在マウスでは各臓器における遺伝子発現や血中代謝物の変化が確認され、その一部はToMMoが有するコホートデータで観察されているヒトの加齢性変化と同じ変化であることがわかりました。さらに、加齢変化でも見られる白色脂肪細胞サイズの肥大化が宇宙滞在マウスで観察されました。宇宙に滞在すると筋肉量の低下など加齢に似た現象が起きることは知られていましたが、遺伝子発現や血中代謝物の加齢変化が確認されたのは初めてです。これらの宇宙滞在による加齢変化がNrf2遺伝子ノックアウトマウスにおいて加速していることがわかりました。

本研究では世界初の遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在生存帰還実験に成功しました。本研究成果は今後の病態モデルマウスを用いた宇宙実験のロールモデルになると期待されます。
これまでにNrf2発現量の低いヒト遺伝子多型が知られており、本研究成果はこの多型を持つ人は宇宙滞在における健康リスクが高いことを示しています。月や火星への長期滞在を考えると、ヒトNrf2遺伝子多型を調べることで健康リスクの高い個人を事前に予想することが可能になると期待されます。
また、地球上では何年もかかるような加齢の実証実験を宇宙で短期間に再現できることが明らかになりました。今後、様々な実験への応用が期待されます。
さらに本研究成果は、Nrf2を活性化する薬剤が宇宙滞在時の健康リスクを克服するために有効であることを示しています。これまでにNrf2活性化剤は、糖尿病やアルツハイマー病など加齢性疾患の予防や治療に有効であることが知られており、多くの製薬企業によりNrf2誘導剤の開発が進んでいます。今後、Nrf2活性化剤は宇宙滞在時のみならず、地上における高齢者の健康を守る薬の研究に発展することが期待されます。

 

 
参考文献
Suzuki T, Uruno A, Yumoto A, Taguchi K, Suzuki M, Harada N, Ryoke R, Naganuma E, Osanai N, Goto A, Suda H, Browne R, Otsuki A, Katsuoka F, Zorzi M, Yamazaki T, Saigusa D, Koshiba S, Nakamura T, Fukumoto S, Ikehata H, Nishikawa K, Suzuki N, Hirano I, Shimizu R, Oishi T, Motohashi H, Tsubouchi H, Okada R, Kudo T, Shimomura M, Kensler TW, Mizuno H, Shirakawa M, Takahashi S, Shiba D and Yamamoto M. (2020) Space Travel of Mice Demonstrates Contribution of Nrf2 to Maintenance of Homeostasis. Communications Biology. 3, 496.

Afshinnekoo E, Scott RT, MacKay MJ, Pariset E, Cekanaviciute E, Barker R, Gilroy S, Hassane D, Smith SM, Zwart SR, Nelman-Gonzalez M, Crucian BE, Ponomarev SA, Orlov OI, Shiba D, Muratani M, Yamamoto M, Richards SE, Vaishampayan PA, Meydan C, Foox J, Myrrhe J, Istasse E, Singh N, Venkateswaran K, Keune JA, Ray HE, Basner M, Miller J, Vitaterna MH, Taylor DM, Wallace D, Rubins K, Bailey SM, Grabham P, Costes SV, Mason CE, Beheshti A. (2020) Fundamental Biological Features of Spaceflight: Advancing the Field to Enable Deep-Space Exploration. Cell 183, 1162-1184.

Yumoto A, Kokubo T, Izumi R, Shimomura M, Funatsu O, Tada MN, Ota-Murakami N, Iino K, Shirakawa M, Mizuno H, Kudo T, Takahashi S, Suzuki T, Uruno A, Yamamoto M, Shiba D. (2021) Novel method for evaluating the health condition of mice in space through a video downlink. Exp Anim. 70, 236-244.

Hayashi T, Kudo T, Fujita R, Fujita S, Tsubouchi H, Fuseya S, Suzuki R, Hamada M, Okada R, Muratani M, Shiba D, Suzuki T, Warabi E, Yamamoto M & Takahashi S#. (2021) Nuclear factor E2-related factor 2 (NRF2) deficiency accelerates fast fibre type transition in soleus muscle during space flight. Commun Biol. 4 787.

Suzuki N, Iwamura Y, Nakai T, Kato K, Otsuki A, Uruno A, Saigusa D, Taguchi K, Suzuki M, Shimizu R, Yumoto A, Okada R, Shirakawa M, Shiba D, Takahashi S, Suzuki T, and Yamamoto M. (2022) Gene expression changes related to bone mineralization, blood pressure and lipid metabolism in mouse kidneys after space travel. Kidney Int. 101, 92-105.

Uruno A, Saigusa D, Suzuki T, Yumoto A, Nakamura T, Matsukawa N, Yamazaki T, Saito R, Taguchi K, Suzuki M, Suzuki N, Otsuki A, Katsuoka F, Hishinuma E, Okada R, Koshiba S, Tomioka Y, Shimizu R, Shirakawa M, Kensler TW, Shiba D, and Yamamoto M. (2021) Nrf2 plays critical roles in metabolic response during and after spaceflight. Commun Biol. 9, 1381.
私たちの研究に興味のある方は、鈴木隆史(taka23@med.tohoku.ac.jp)までご連絡ください!

プロジェクト一覧へ戻る
[編集]
CGI-design